小鼻差し歯の痛み抜歯
メタボン根管治療ルートカナル
by Norman Yamazaki, DDS. (Profile)
Summary: ハカイシャハイシャのデタラメな治療を見抜けなかったデンタルIQナノ以下の知識により13才で上の前歯を失ったのを皮切りに、神経を片っ端から取られてメタボンにされ、咬合の破壊と根尖病巣の大爆発したメタボンに悩まされ続けた挙げ句、歯をどんどん抜かれ、どうしていいのかわからなくなったが、G.V. BLACK DENTAL OFFICEにたどり着き、1ヶ月の修復治療、1年の歯列矯正治療の結果、無事復活した北海道在住の鞍作路加(くらつくりのルカ)の記録。
July 05, 2006
鞍作路加(くらつくりのルカ)登場1
今日の一番は鞍作路加(くらつくりのルカ)でした。
初診です。
まずは自己紹介です。
*****
G.V. BLACK DENTAL OFFICE
女性患者総代 吉沢 カオリ様
はじめまして。
私はG.V.BLACK DENTAL OFFICEでの治療を
心から望んでいる鞍作路加(くらつくりのルカ)と
申します。
突然にメールを差し上げます失礼を
どうぞお許し下さい。
昨年の6月にGVBDOのHPに
出会うことができました。
長い時間がかかってしまいましたが、
やっと準備が整いました。
大変厚かましいお願いですが、吉沢様には
是非ともご推薦いただきたいと思いまして、
本日、治療希望申込書をお送りいたしました。
この一年間、GVBDOのHPは私の心の支えでした。
吉沢様の日記は楽しみながら全て読ませて頂きました。
山崎先生の緑の日記では本当に様々なことを
勉強させて頂いております。
また、どんな自分でありたいのか
真剣に考える機会をも与えて下さいましたことを
本当に感謝しております。
私もまた、長い間歯で悩んできた一人です。
今まで覚えている限り、歯が良かったという時期は
なかったような気がします。
頭の片隅では、常に歯のことを思い煩い
不安な気持ちでいました。
これからの残りの人生は、歯で悩むことのない
明るい毎日を送りたいと願ってやみません。
私にはもう山崎先生に治療していただく以外、
他に道はありません。
もしも導いて頂けるのならば、どのような試練も
乗り越えて必ず復活する覚悟でおります。
吉沢様、お忙しいところ大変恐縮ですが、
どうかよろしくお願いいたします。
01 氏名
鞍作路加(くらつくりのルカ)
02 住所
北海道
03 年齢
30代前半
04 職業
仏師
06 主訴
・#6〜#11ブリッジのうち、#10,11に違和感があり
今現在、麻酔がかかっている様なしびれと
圧迫感を一日中感じています。
・左の小鼻のまわりがはれぼったく、
ジーンとした痛みを感じます。
・目の下に鈍い痛みがあります。
・思い切り走ることや、頭を下げることもつらいです。
・現在入っているブリッジは、他人が見ると
ギョッとするようなとても醜いものです。
手で隠すか、見えないようにして笑っていましたが、
最近はこの酷い歯に慣れ始めている自分を
恐ろしく感じます。
・硬いものを噛んだりすると、#5が痛み出します。
たまに頬骨の痛みもあります。
・#14のクラウンは10年ほど前から、
歯ごたえのあるものが時々噛めない状態でした。
今は時折疼きます。
・ インレーにしている、#18、19は
シクシクとしみる感じが時折あります。
・ 上下の親知らずと#13、#21、27が
生えてきませんでした。
下顎は隙間だらけとなっています。
・#28のメタルボンドが前後に動くような感じが
時々あります。
・ #30、#31の隙間には食べ物がつまり不快です。
・ 肩はいつもこっていますが、
特に左側がひどくパンパンです。
肩こりからくる頭痛が頻繁にあり辛いです。
・ 顎や首、耳の裏のリンパが頻繁に腫れます。
小さなこぶのようなものがクリクリとして痛いです。
・ マウスピースをしなくなってから、
自分の歯軋りで目が覚めることがよくありました。
また、朝起きると顎がだるいことがあります。
・ 左耳がキーンと一時的に音の聞こえが悪くなる
ことが10代の頃から続いています。
・ 自分の顔を鏡で見ても気が付かないのですが、
証明写真などを撮ると口元が歪んでいて
高校生くらいからずっと気になっています。
07 今までに受けた治療について
小さいころから虫歯だらけでした。
母はとても歯の良い人でしたので、
子供の歯に無頓着だったと思います。
母の用事に付き合わされるときには、
いつもアメやキャラメルを口のなかに
入れられていた記憶があります。
小学生のときは、世田谷の桜新町にあるS歯科に
ずっと通っていました。
親子二代の女医さんで、怒られてとても
怖かった記憶があります。
母もよく怒られていましたので、そのうちに
私一人で行かされるようになりました。
小学校4年のときに中切歯の間を
虫歯にしてしまいました。
母は大切な永久歯を虫歯にしてしまったことを
とても後悔していました。
その後すぐに前歯の神経を取られたと思います。
どんどん色が黒くなって、同級生から、
「前歯どうしたの?」と聞かれ、
からかわれることで前歯コンプレックスを
持ち始めました。
中学1年のときにおせんべいを噛んで、
右の中切歯が縦半分に割れてしまいました。
どうしていいのか分からず、そのとき入院中だった
母のもとにとりあえず駆け込みました。
「とにかく、早く歯医者にいきなさい!」
言われるままに病室を飛び出しました。
ちょうど世田谷区内で引越をしたばかりだったので、
どこに行ったらよいものか13歳の子供には
考えは及びませんでした。
結局、家から一番近くの歯科(名前が思い出せません)
に行きました。
初老の眼鏡をかけた先生は
「これは抜歯しないとダメだからね」
と気の毒そうにいいました。
13歳で抜歯、歯抜けになってしまった。
これはほんとうにショックでした。
その時に、左右の歯を削りブリッジにすること、
今は歯が成長するのでしばらくの間は
仮歯になると説明されました。
この仮歯は、私の歯に穴を開けて差し込む
昔の差し歯でした。
すぐに取れてしまい、そのたびに通院しなければ
なりませんでした。
その後、固定された歯となったのですが、
いつ着けられたのかよく覚えていません。
高校生のときにはもう入っていたと思います。
安い保険の歯でしたが、父や母に相談せず、
自分で決めた記憶があります。
高校生になっても歯科通いは相変わらずでした。
いつ、どこで何番を治したのか、
はっきりとは思い出せない状態ですが、
#2、3、4、5、12、14、15、30、31は
このころに治療したと思います。
#12は神経の治療をしたのかわかりません。
近所の新しく開業した医院や、親戚に「いいよ」と
勧められた、普通にみなが通う歯科医院でした。
18歳のとき、前歯#9(ブリッジの柱)に
違和感があり、歯茎の表面に小さいイトミミズ状の
ものが現れました。
とても気になって歯科を受診しました。
名前は忘れてしまいましたが、京都市内の医院でした。
その当時、
私は京都で仏師になる修行をしておりました。
夜8時くらいまでやっていると言うことで、
とても混んでいました。
レントゲンの結果、#9の根の治療が不完全で、
イトミミズ状のものがでてきている。
治療のやりなおしをしなければいけない
といわれました。
きちんと治療してもらいたいという思いで
マジメに通院しましたが、
院長は下らない冗談を言うにやけた態度で、
とても腹立たしかったことを覚えています。
根の治療には何回も通院しましたが、
すぐに終わるものでした。
また、治療が終わり、
新たにブリッジを入れたのですが、
歯と歯の間に三角の隙間が二つ、黒ずんだ歯茎、
自分の口の中に入ったのを見て、
あまりのショックに言葉を失いました。
とても酷いものでした。
その歯は自分のものになったわけですが、
今度は大きな口を開けて笑えなくなりました。
前歯が見えそうになると、両手で隠していました。
21歳のとき親の看病のため東京へ戻りました。
インレーだった#30、31が虫歯の大爆発状態で、
とうとう神経に達してしまい、
休日当番の歯科医院に駆け込みました。
世田谷区のS歯科医院です。
神経をとることになり、しばらく通院しました。
診察室に東京医科歯科大の卒業証書が
飾られてありました。
以前、私の父が一時期、
医科歯科に通院していたこともあり、
そこがどんな大学であるかは少し知っていました。
私は京都での体験から、後悔のないようにしたい、
とりあえず何でも聞いてみたいと思いました。
そこでは患者はとても少なく、今までに比べたら、
時間をかけて診てもらえました。
私が質問したことはもとより、
器具の説明やどういった治療をしていくかを
詳しく話してもらえました。
「開業すると、腕が落ちるからずっとしたくなかった。
ずっと大学にいて学生を教えていたかったけれど、
とうとう追い出されてしまった。」
その院長先生は、笑いながらそう言っておられました。
そして、大学から学生数人を自分の医院に
呼んで教えていました。
私も一度だけ口の中を見せなければなりませんでした。
#30、31の治療は、神経を取りました。
クラウンを被せるときに、
歯の根元に糸のようなものを巻きつけて、
歯茎を下にさげるということをしていました。
とても痛痒い思いをしました。
#5、4もインレーをやりなおし、
これは金の物で保険外でした。
そして、
「前から気になっていたけど、あなたの前歯、
かわいそうね」
「その前歯どこで入れたの? 京都かぁ〜 関西はね、
私大が多いからメチャクチャなのも多いよ。」
「もし僕に入れさせてくれたら、絶対に差し歯だって
わからない歯をいれてあげるよ。」
といわれました。
腕の良い、つわものと言われる技工士さんを
知っているとのことでした。
これはもう15年くらい前のことですが、
脳裏に焼きついた、忘れられないやり取りです。
前歯コンプレックスの私は気持ちが揺れました。
今までかかった歯科で、こんなにも自分に自信が
あって、絶対と言い切ってしまう先生には
会ったことがありませんでした。
受付をしていた奥様の前歯は、
白くてスマイルラインはとても美しく見えました。
「これ全部主人に入れてもらったのよ。
あなたもこんな歯が入るわよ。」
そして前歯の入れ替えという道を
選択してしまいました。
きれいな歯にばかりとらわれて、
根の治療の大切さは全く分っていませんでした。
そのときに、コアの入れ替えもしました。
#9は歯がかなり薄くなっているので、
もう入れ替えは出来ないと説明されました。
コアの3回目の入れ替えでした。
この歯はどれくらい持ちますか?と質問すると、
「瓶ビールのふたを歯でこじ開けない限り大丈夫。」
私はその言葉に、ずっと持つものなのだと
思いこんでいました。
#24のレジンもS歯科医院で治療しました。
歯の表面に黒い小さな点が出来ていて、
それが虫歯であるということでした。
平成8年(27歳)#18、19が少ししみる感じがあり、
口臭もありましたので、軽い虫歯だから
早く治しておこうと北海道のN歯科に通院しました。
ハイシャで治してしまえば、完治するのだと
信じて疑いませんでした。
愚かでした。
平成12年3月(31歳) #9の歯茎に違和感があり、
おかしいなと思っている数日のうちに、
急激に痛みだしました。
慢性的な違和感や痛みなど、
特別な前ぶれも何もありませんでした。
すぐに歯医者に行かなければと
当時住んでいたところで評判の良かった
美唄市のY歯科医院に電話をしましたが、
その日は手術の日ということで、
診てもらえませんでした。
そこの歯科医院はインプラントをやっていて、
手術の日が一週間に一回ありました。
また、予約で一杯とのことで、
すぐには診られないといわれました。
今まで経験したことのない、恐ろしい痛みでした。
家にあった鎮痛剤(ロキソニン)、
抗生物質(クラビット)も効かなくなり、
夜も眠れない状態でした。
鼻の下は酷く腫れ上がり、今まで見たことがない
動物の顔になっていました。
4、5日後、紹介状を持って行き、診てもらいました。
その時は、痛みでじっとしていることが
出来ないくらい辛い状態でした。
化膿して、とてもひどい状態とのことで、
すぐに抜歯となりました。
抜歯のときに麻酔を打ったのですが、
効いていないようでした。
痛みは脳天に達して、耐え難い痛みに
体の震えが止まらず、涙があふれました。
経験のない恐ろしい痛みでした。
抜歯の際の出来事は一生忘れられません。
治療が終わり、今後、前歯をどうするのか、
その話になったとき、
インプラントの言葉をききました。
ブリッジにすることは出来るけれども、
更に3本の全く健康な歯を犠牲にしなければならない。
インプラントなら2本ですむよ。
でも、骨の厚みが足りないので、
厚みを増す手術をしなければならない。
それには二つの方法があって、一つは牛の骨を
使う方法で、これはものすごく少ない確立だけど、
感染症を起こす場合がある。
もう一つは自分の腰骨を移植するもので、
提携している病院に入院して全身麻酔で
外科手術をするが、自分の骨なので安全である。
まぁ良く考えてみて。
苦しめられていた痛みからは解放されたものの、
前歯をさらにもう一本失ってしまったショックは
大きく、とても落ち込みました。
どうしてこんなことになってしまったのだろう・・・。
原因は不明と言われたけれど、
何がいけなかったのだろう。
定期健診に行かなかった自分を責めました。
インプラントという言葉は高校生の頃から
知っていました。
前歯のない私にとってはとても興味のあるものでした。
ですが、良いのか悪いのか、全くわかりませんでした。
主人も同じで、結局、子供が小さいので
入院するのは無理であろうということと、
全身麻酔が恐ろしく、ブリッジを選択しました。
そのときの私は、
入れ歯はとても考えられませんでした。
お恥ずかしい話ですが、平成9年頃からネットを
していたにもかかわらず、アメリカにいる従妹と
メールをするくらいで、
その当時、検索して調べることは、
ほとんどしていませんでした。
ほんとうに私は愚か者です。
GVBDOのHPに出会えていたら、
山崎先生の正しい歯科知識を知ることが
出来ていたなら、と思うと残念でたまりません。
抜歯した後、その歯茎がどれくらい
落ちるかわからないので、しばらくの間、
仮歯になると言われました。
その間、悪いところを治しましょう
ということになりました。
#5(インレー)の歯と歯茎の境目に入っていた
レジンが、出産のときに食い縛ったせいで
取れていました。
また、#4もインレーでした。
どちらも神経が生きていたのか、わかりません。
#5はレジンが取れたところをまた埋めて欲しいと
言ったのですが、帰ってきた言葉は
「ダメだ、こんな歯!」でした。
自分自身を否定されたようで、
とても傷ついた一言でした。
#4、5はメタルボンドに代わりました。
あの時どうしひるんでしまったのか、
ほんとうに入れる必要があったのか、
NOと言えなかったことを後悔しています。
#28(メタルボンド)も歯茎の色が
黒く変色しているので、
土台を変えるためにやり直しました。
ですが、歯茎の黒い色素は取れませんでした。
アマルガムタトゥーではないかと思います。
#28はどこでメタルボンドにしたのか
はっきりと思い出せません。
平成12年3月に抜歯した前歯はその年の
12月頃に入りました。
その際、電気メスで歯茎をアーチ状に
切ったと思います。
前歯6本のブリッジは前歯で物を噛み切ると、
しなる感じがしました。
#8、9とないわけですから、
仕方ないと思いましたが、
柔らかいもの意外はなるべく使わないように
心がけていました。
まだ子供に手のかかる時期でしたので、
抱っこをしているときや一緒に遊んでいるとき、
前歯に頭突きされないようにと
いつも注意していました。
また、歯茎が腫れるのでお手入れがとても大変でした。
ブラッシングのほかにプラウトやP−キュァという
歯ブラシを勧められ使っていました。
特に#10の歯と歯茎の境目がすぐに腫れて
とても痛痒く、出血するのを我慢して、
毎日30分くらいかけて一所懸命に磨いていました。
もう二度と歯を失いたくない!
これからは歯を大切にして生きていく!
そう心に決めていました。
(これは今も変わりません!)
3ヶ月ごとの定期健診もかかさず受けていました。
歯の汚れもきれいにしてもらいましたが、
#24、25の境目はどうしても取れないので、
衛生士さんが紙やすりのようなもので削っていました。
前歯の歯茎の腫れについて訴えると、
「もっと磨いてください。」
と衛生士さんに言われますが、先生は
「強い歯ブラシで磨きすぎると
歯茎が後退してしまう。」と言うので、
どうしたらこの歯茎の不快感がなくなるのだろうと
悩みました。
デンタルフロスを#9と#10の隙間から
入れてみたりしました。
また、ブリッジが入った時からすでに
左の小鼻の周りに違和感がありました。
お化粧を落とすときに押さえると、
ジーンと感じました。
心配でしたが、#9を抜歯したことによるものだと
考えました。
ある定期健診のときに、
他に気になるところはないかと聞かれました。
#18、19のインレーの周りの色が変わっていて
時々痛むので、
「中で虫歯になっているのではないでしょうか?」
と聞きました。
「えっ?とこが?」そのときの返事でした。
まだ軽い症状だから治療してもらえないのだなと
思い、それ以上は何も言いませんでした。
また、以前、友達に「歯軋りしている」と
言われたことがあり、そのことを話すと、
歯軋りをしている形跡があるのでマウスピースを
した方がいいと言われました。
今入っている前歯を大事にしたいと思い、
初めてマウスピースを作ることにしました。
15年2月頃だったと思います。
しばらくつけて眠りましたが、
#5が当たって痛いというと、
マウスピースのほうに穴を開けてくれましたが、
症状は改善しませんでした。
調整はその一回のみで終わりました。
何回も調整するものだと思いませんでしたし、
そういった説明もありませんでした。
毎晩マウスピースをはめて寝ていましたが、
朝起きると、
#5や奥歯に強い圧迫感を感じていました。
そのうちに慣れるかもしれないと考えていました。
その後まもなく引っ越しました。
マウスピースは一日も欠かすことなく口に
入れて寝ていました。
平成17年の1月の末、#5が痛みだしました。
熱いもの、冷たいものがシミ、
そのうちに痛みで物を噛めなくなりました。
どこでもいいと安易にかかるのは不安だったので、
この歯を入れたY歯科に電話をしました。
引越し先で歯のことで何かあったら、
いい先生を紹介してあげると言われていたからでした。
もし転勤で近くに戻ることがあれば、
また通院すればいいとも言われていました。
紹介してもらったのは、
苫小牧市のM歯科というところです。
平成17年2月のことです。
紹介状を書くまでもないので、
連絡しておいてあげるといわれました。
すぐに電話をすると、とても混んでいるとのことで、
半月後の予約となりました。
メタルボンドで神経もないのにどうして痛むのだろう、
もしかして化膿しているのではないだろうかと
心配になりました。
予約の日になり、M歯科で診てもらいましたが、
神経の治療は奥までいっているし
問題はないと言われました。
また咬合紙でカチカチしましたが、
噛み合わせも特別問題ないとのことでした。
ただ、
歯軋りで当たりが強くなっている
のかもしれないので、少し緩めてあげると
削って終わりました。
削ったことで、それまで使用していた
マウスピースは使えなくなりましたので、
新たに作ることになり、型をとりました。
マウスピースをしなくなって、
自分の歯軋りで目が覚めることもあり、
ブリッジがダメになってしまうのではと
不安でたまりませんでした。
それは前歯6本だけに装着する(#6〜11)
その先生オリジナルのスプリントでした。
(5000円くらいでした)
前歯6本をブリッジにしているのに、
そこだけに歯軋りや食い縛りの力が集中して
大丈夫なのでしょうか?と質問すると、
問題はなく、むしろつける事により
頬がふっくらしてくるとの答えでした。
その部分スプリントは前面が少し柔らかく、
後ろ側は硬い素材でした。
後日、受け取ったものの、
結局それをつけて眠ることはしませんでした。
それが本当に正しい物なのかどうか
自信がなかったからです。
ところが削ったことでかみ合わせが
変わったからでしょうか、
削った2、3日後に痛みがひどくなり、
今度は#4も痛みだしました。
しかし、M歯科でもう一度診てもらう気には
なれませんでした。
初めて診てもらった際、紹介者のY歯科に対して
とても気を使っているように感じたからです。
もし仮に何か問題があったとしても、
本当のことは言ってもらえないのではないかと
思いました。
すぐにHPで北大出身のかみ合わせを
診てくれる先生を探しました。
以前、S歯科の先生が、
北海道の歯科は国立の北大だけだから
私大が多い地域に比べるとレベルが高いと
話していたことを思い出したからです。
開業してあまり年月の経っていない医院で、
40代から50代の噛み合せを診てもらえる先生と
いう条件で探し、札幌のT歯科医院で診てもらいました。
院長のT先生は
患者の訴えをとてもよく聞いてくれました。
私の話しを遮ったりすることもなく、
カルテに細かく書き留めていました。
とても慎重に物事を進める先生という
印象を受けました。
そのときは何も噛むことが出来ず、
頬骨までが痛む状態でした。
こんな歯はとってしまいたいと訴えましたが、
キレイな歯が入っているので
もったいないと言われました。
#4、5が少し高く、歯軋りや食い縛りをすることで
炎症をおこしているのかもしれない。
削って様子をみましょうということになりました。
また、#10、11、12につける一時的な
部分スプリントをその場で作ってもらいました。
部分スプリントをつけて眠るようになって、
歯をすり合わせることが出来なくなったから
でしょうか、
一週間ほどで慢性的な痛みは少しずつ
治まってきましたが、硬いものはだめでした。
その後、部分マウスピースは使っていると、
かみ合わせが変わってしまうこともあるので
長くは使えないと言われました。
そして上顎にはめるスプリントを作りました。
部分スプリントを作ってもらったときに
分かったことは、スプリントは水に入れて
管理しないと変形するということでした。
Y歯科で初めてマウスピースを作ったとき、
そのような注意事項は一切ありませんでした。
熱いものに入れたりすると変形するから気をつけて。
それだけでした。
日に日に変形していくものを、
おめでたいことに毎晩欠かすことなく口に入れ、
高い#4、5をしっかりと噛み締め、
歯軋りした結果がこれなのだと愕然としました。
その後、T歯科には何度もスプリントの調整に
通いました。
#4、5の痛みは酷い頃に比べたら、
だいぶ治まっていましたが、
頬骨はずっと痛みがありました。
それでも柔らかいものなら食べることが
できましたので、少しは気分よく生活できました。
平成17年5月のゴールデンウィークに
#11の犬歯に違和感がありました。
紙一枚が引っかかっているような感じでした。
また、見た目にはわからない自分の感覚なのですが、
ブリッジが前後に動く感じがしました。
その後、#11にしびれるような圧迫感が
ありましたので、6月のはじめに定期健診を兼ねて、
T歯科にいきました。
レントゲンの結果、
#11はもしかしたら化膿しているのかもしれないが
今の段階ではわからない。
むしろ#10に影があって、
こちらのほうが問題かもしれないとのことでした。
また、抗生剤を2、3日分出すので飲んでみて、
もし症状が治まったら、
残念だけど化膿しているとも言われました。
抗生剤は効いて、一時的に違和感はとれました。
それを言うと、
「これくらいの影なら持っている人は沢山いるし、
もしかすると吸収されてなくなるかもしれないので
様子を見ましょう。」と言われました。
また、ブリッジを取ると大変だし、
歯がやや長くて、当たってしまうことで
犬歯に症状が出るのかもしれないので、
1ミリくらい短く削ってみてはどうか、
ということでした。
ただ、もしかすると土台の部分が
見えてしまうこともあるということでした。
ほんとうに吸収されるのだろうか?
歯を削って良くなるのだろうか?
#9を失ったときの恐ろしい急激な痛みが頭をよぎり、
焦りと不安で一杯でした。
#4、5の痛みから解放され、
気持ちが落ち着いてきた矢先でしたので、
また谷底に落とされたようで、かなり落ち込みました。
兎に角、
今の自分の症状はどのようにしたら
一番いいのか知りたいと思いました。
そして噛み合わせや顎関節症、根の治療について
ネットで検索して調べました。
このときにやっとGVBDOのHPに
出会うことが出来ました。
その日のうちにひたすら読み、
衝撃の事実に動揺しました。
そこにはデンタルIQ皆無の自分のことが、
書かれていたからです。
このままではどうなってしまうのかを知り、
ただ考え悩み続けました。
悩んだ末、もう一度レントゲンを撮ってもらい、
確かめたいと北大を受診しました
平成17年7月のことです。
レントゲンの結果、
やはり#10は病巣が出来ていて、
これは吸収されることはないので、
根治のやり直しが必要ということでした。
また、同じ歯医者(Y歯科)でやったのだから、
他もまずいかもしれないと調べてもらいました。
そして、隣の#11も病巣が出来かけている
かもしれないと言われました。
たまたま私の席の近くで治療していた、
年配の先生がレントゲンを診て診断しました。
私に付いていた研修医が、この先生に
治療をお願いしましょうと聞いてくれました。
その際に「こんな簡単な根治、
わざわざ札幌まで通わなくても、地元でやったら?」
と言われました。
その医師は患者さんが多いらしく、
治療は月に2回くらいになるということでした。
その段階で、すでに山崎先生のRCTの項目は
読ませて頂きましたので、月に2回の治療が
どういう結果になるのか分かっていました。
ですが、その時のわたしは、治療希望メールを
お送りできる条件をまったく
満たしておりませんでしたし、
まだ覚悟も固まっていませんでした。
#9の時のことが頭から離れず、
また突然に恐ろしい痛みが来るのではと
ただ怯えていましたので、
北大での治療を選択しました。
ブリッジを外したのが7月末でした。
#6〜#11のブリッジの#6と#11を切り離し、
#7と#10で#8、9を支えるものでした。
その後、#10のコアを外すため、
#7〜#11のブリッジになりました。
またこの時に#4、5をさらに少し削りました。
T歯科で作ったスプリントは合わなくなりましたが、
それでもしないと不安でしたので、
仮歯に合わせてもらいましたが、やはり無理でした。
このとき以来スプリントはしていません。
治療を開始したのは8月30日で、
担当は若い女医さんでした。
何回もリーマを入れて、
根の先端にアタックするのですが、
たどり着けませんでした。
途中で上の先生と交代しましたが、
結局その日は無理でした。
その後、9/13、 9/30と通いましたが、
まだ根の先端にはたどりつきませんでした。
治療に2時間ほどかかった日もありました。
なかなか根の先端に行くことが出来ないので、
レントゲンを撮りました。
その写真にリーマを重ねて、首をひねっていました。
また、
「思っていたより、かなり病巣が大きい」
と苦笑いしておられました。
#11も病巣が出来ていて根治のやり直しが
必要と言われました。
#10の圧迫感はかなり強く、辛くなっていました。
不安な気持ちから、
なかなか眠れないこともよくありました。
治療はいつも若い女医さんが行い、
途中で上の先生と交代するものでした。
大学病院は若い医師の勉強の場でもあるわけですから、
仕方ないと思いましたが、車を2時間飛ばして
通っても、圧迫感が増すだけで、
家に帰る頃には必ず酷い頭痛で吐き気がしました。
気分は落ち込み、ただ空しい毎日が続きました。
10/17日の治療でやっと根の先端にいきました。
その日は最初から上の先生でした。
根の先に触れると神経にさわりました。
治療後、
「これは根が残っていたということですか?」
と聞くと
「そう。この歯の神経を取ったときに、
ちゃんと取りきれていなかった。」
と説明がありました。
その言葉に、やはりそうだったという気持ちでした。
「ほんとうの治療」に書いてあることが
そのまま私に起きているのだと改めて実感しました。
ブリッジを選択したのは愚かな自分ですが、
無傷の歯を削ったとき、もうこれで最後にしたい、
という強い決心がありましたので、
心の底から裏切られた思いでした。
帰りの車で、何も考えずに全てをY歯科に
任せてしまった愚かな自分、
デンタルIQが皆無だった自分に
あらためて腹が立ち、
情けなさと怒りで涙が溢れました。
#10、11は私にとって、
ブリッジを支える大切な歯です。
#6、7にしても中では恐ろしいことに
なっていると思います。
前歯で物を噛まないようにすることや、
歯磨きや定期健診で歯を大切にしていくと
いくら頑張ったところで、最初から無駄なことでした。
いい加減な根治をして、
いずれダメになったらインプラントを
勧めようとそろばんを弾いていたのでしょうか。
その後11/1に#10の根充をしました。
以前のように何回も根の治療に通うことは
ありませんでした。
次回にコアを入れて#11のコアを
外すというところで、予約を入れませんでした。
何回もコアの入れ替えをするのはもうイヤでした。
この治療が、もう歯で悩まなくてもいいものならば、
どんなことをしても通ったと思います。
ですが肩こり、頭痛が酷く、
長距離を運転することが辛くなっていましたし、
時間とお金をかける意味があるのだろうか
と空しさで一杯でした。
またブリッジやコアを外す別の女性医師が、
#10のコアを外す際に、ある程度削ったところで、
器具を使って無理に取ろうとしたことがありました。
怖くなりイヤだという態度をすると、
最後まで削って取りましたが、
そばで勉強していた研修医に
「こういう小さい歯は、コアを取る時に
割れてしまうことがあるから気をつけてね。」
と説明したので驚き、不信感を持ちました。
他にも#11のコアは大きいので、もしかすると、
取るときにヒビが入ってしまうかもしれないと
予防線を張るようなこと言っていたこともあり、
とても恐ろしくなりました。
ここにいたら、もう取り返しのつかないところまで
行ってしまうのではないか、という不安で一杯でした。
コアを入れないままにすると、
どうなってしまうのかは説明を受けました。
ですが、どうしても予約を入れる気には
なりませんでした。
北大での治療は、山崎先生のなさる根の先に
出来た病巣を攻撃するという
予後を考えた治療ではありませんでした。
私が心から望んでいる治療とは全く違うものです。
たとえコアを入れて新しいブリッジになったとしても、
結果的には良くなるどころか、
いずれダメになるのですから、
#9を失った時と同じ過ちをまた繰り返してしまいます。
私のこれからの人生は、後悔だらけの
暗いものになってしまいます。
そして数年後には、
合わない入れ歯に苦しむと思います。
私の周りには、部分入れ歯や総入れ歯に
近いものを使っている人がいます。
皆、どれだけ食べることが苦痛か話してくれます。
入れ歯にしたことで、
口元の印象が変わってしまったと悲しむ人もいます。
その人たちは近い未来の私です。
どこのハイシャに行っても、
私の歯は決して
良くならないということが、
十分すぎるほどわかりました。
もうこれ以上、自分の歯を粗末にしたくないです!
もう、GVBDO以外に行くところはありません。
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