尾崎豊マンハッタン時代の逸話
Top>N.尾崎豊>Conversation
Conversation

最後のアポイントメントは

金曜日であった。

午後に授業のない日である。

「昼をおごるからさ、

どこかに行こうよ。」

というTPのオファーを受け入れた。

「面白いところへ連れてってよ。」

と言うので

コロンビア大学本校の

近くにある

ハンガリーレストランの

オープンカフェ

(The Hungarian Cafe) に行った。

ここはBill 平田が

発見した仲間内しか

知らない秘密の場所であった。

St. John (セントジョン教会)の前にある。

セントジョン教会,太陽瞳,尾崎豊,ハンガリアンカフェ,ライムライト,ニューヨーク,GVBDO, G.V. BLACK DENTAL OFFICE

ここでおれは

一つのことを言っておく。

それはここでおれは

自分を偉く見せるために、

どんな内容の話も

作り上げることが出来る

ということである。

多くの自叙伝というのは、

そんなものが多い。

それをおれは

良いことだとは思わない。

嘘をつくのは

おれのスタイルには合わない。

だから、

おれは自分が

思い出せることだけを、

断片的に書くことにする。

直接法での会話は

実際の会話であり、

脚色はしていないつもりだ。

それでも、もし、

おれがえらそうな

口調になっていると

感じられる場合があるのは、

この時、

おれは尾崎がしていたことを

全く知らなかったことによる。

おれにとって尾崎は、

単に年下の、

歯を痛がっている、

ちょっとつっぱった

日本からの旅行者にしか

過ぎなかった。

若者の「教祖」と

呼ばれているなんて

想像もつかなかった。

そんなことを

思わせないほど

尾崎は純粋だった。

*****

「先生、いつか日本に帰るわけ?」

「たぶんね。

いつかはわからないけど。

それにしても

その先生はやめてくれよ。

まだ学生なんだから。」

「先生でいいよ。

おれ、先生が日本に帰ってきて、

病院開いたら

一番先に行ってやるよ。

少なくとも2本も

クラウンにする歯があるし。

ゴールドだよ。

ウハウハだよ。」

「日本の保険治療は

破壊活動の

口実だからしないよ。

自由診療のみだから

高いと思うよ。」

「自分の健康と金を

天秤にかけるのは

バカのすることだよ。

でも金なら問題ないよ。

心配すんなよ。」

***

「先生よお、

人生で一番大切な物は

何だと思う。」

「愛だとおもうよ。」

「よくそんなこと

簡単に言えるよね。

あんたやっぱり

俺が見込んだだけの

ことはあるよ。」

「それはどうも。

自分の体は

大切にしないと

愛を広めることはできないよ。

だからタバコは

止めた方がいいよ。」

「おふくろみたいなこと言うなよ。

でも言われて嬉しいよ。

ところで

タバコって具体的に

何が悪いわけ。

おれの知ってる

日本の医者は

ストレス解消のためには

いいからって

自分でも吸ってるけど。」

「大量に活性酸素を

作るからだめなの。

活性酸素はDNAの

チェインを入れ替えたり、

傷をつけたりして、

人間の細胞を正しいものから、

間違ったものに

変える悪いやつでね。

その病気を一般的にはCAと呼ぶ。

日本語ではガンというやつさ。

そしてこの

DNAチェインは

親から子へと伝達されるから、

タバコを吸って

メチャメチャになった

卵子と精子が

結合してできた

受精卵はメチャメチャな

DNAを持った子どもとなって

この世に生をうける

ということになる。

考えただけでも恐い話だね。」

「わかった。やめるよ。

やめればいいんでしょ。」

*****

「そんなに

コーラばっか飲んだら、

虫歯になるぞ!

コーラはピザを食べるとき、

以外は飲まないのが、

アメリカのいい子だぞ!」

とラージのコークを

がぶ飲みするのを見て

おれは注意した。

すると

「そんなに

コーヒー飲まないの!

飲んだら胃ガンに

なっちゃうぞ!」

と言い返してきた。

そう言った後で、

「本当にコーラのむと

やばいわけ?」

と聞くので、

「Dentistは

嘘はいいません。

特に乳幼児の

炭酸飲料摂取は

歯と骨にとって

致命的です。」

と言ったら、

「じゃ、子供ができたら

飲ませちゃだめなんだ。」

とまじめになった。

*****

この時、

カフェで繰り返し流れていた

音楽があった。

「この曲は静かでいいよね。

淡々としてるよね。」

とTPは言った。

これは、

おれが祖母に何度も

繰り返し聞かされた

馴染みの曲であった。

「離ればなれになっていた魂が、

ある目的に向かって行くために、

一つの集合体になって

強いエネルギーを獲得する」

というテーマの曲である。

「ZIPPOLIのアリアだよ。

古いバロックだよ。

キリスト教徒の音楽だよ。」

と教えてやった。

するとTPは、しばらく考えて、

「この曲を聞いたら、

おれのことを絶対に

思い出してくれよ。

絶対だよ。

いいねえ。

良い曲だよね。

なんて名前だっけ。

この紙に書いてよ。」

と言って、

ペーパーナプキンに

曲名を書かせた。

だから、今でも、

この曲を聞くとTPの顔が

瞼の奥に浮かんでくる。

*****

「先生さ、好きな言葉ってあるわけ?」

「“太陽”、“ひとみ”、“愛”、

“クリスマス”、“誠実”。

他にもいっぱいあるけど。」

「“太陽の瞳”か。

なんかいい感じだよね。」

「明るい感じの曲って

雰囲気だよね。

さわると

やけどするかもしんない。」

「おれ、このタイトルで

曲つくってやるよ。」

「だれによ。」

「みんなにさ。」

「勝手にすれば。」

「先生に会いたくなったら

発表するよ。」

*****

「先生がさ、日本に帰ってさ、

病院を開いたら

判るような宣伝を

出してくれよ。」

「宣伝はしないと思うけど、

あなたが心から

リクエストするというのなら、

東京で出ている

外人向けの

一番発行部数の多い月刊誌と、

外人向けの電話帳に

1年間宣伝を出して

あげてもいいよ。」

「する。する。

魂の奥底からするよ。」

*****

だから、

おれは1996年の1年間

TOKYO JOURNALと

YELLOW PAGEに宣伝を出した。

しかし、TPはまだ来ない。

*****

TPは大きな声で

笑う好い奴であった。

最初に目が合った時、

感じた通りであった。

マンハッタンの

安ホテルを定宿に

していると言った。

作詞作曲をして

歌まで自分で歌うのだと

この時初めて自分から話した。

問診の時、職業を訪ねても、

エンタテイナーとしか

言わなかったのである。

問診表に書かれた住所は

マンハッタンにある

どこかの音楽関係の

事務所のものであった。

*****

このあと2回夜にあった。

一度目は、

どこかの港の

シーフードレストランで、

二度目、

つまり最後に会ったのは

ライムライトという

当時ニューヨークで

流行っていたディスコだった。

セントジョン教会,太陽瞳,尾崎豊,ハンガリアンカフェ,ライムライト,ニューヨーク,GVBDO, G.V. BLACK DENTAL OFFICE

「この雰囲気が

自分の曲の中でも

一番好きな曲に似ているんだ。」

と言った。

喧噪の中で、「これやるよ」

といって自分の曲を

吹き込んだという

カセットテープをくれた。

30分テープに3曲入っていた。

お互いの住所の

交換をして別れたが、

それ以来一度も会っていない。

たぶんTPもおれも

ニューヨークを

離れてしまったために

連絡の取りようが

なくなったせいだと思う。

TPからは、

はがきを一度貰ったが、

はがきの住所に返事を出すと

宛名人不在で返ってきた。

TPのような日本人の患者は

何人もいたが、

結局はその場限りの

つき合いであった。

まじめにつきあっていると、

結局はこちらが

後悔するような

日本人が多かった。

だから多くの場合

こちらから連絡を取らず

自然消滅させた。

しかし、

TPの場合はそうではない。

いつも気にはなっていた。

本当に

気になっていたのであれば、

コーヘンの妹に尋ねるとかして、

住所は聞き出せた筈である。

当時は勉強が忙しくて

他のことには手が回らなかった、

というのは言い訳にすぎない。

もらったテープは

何十回も聴いた。

それは音楽的な才能が

飛び抜けていると

思ったからではない。

ギターだけの伴奏で

ノイズだらけの録音。

これならよっぽど

地下鉄の駅で歌っている

黒人の方が上手いと思った。

テープが伸びて最後は

ウォークマンの中で

スパゲティのようになり、

ロングアイランドの

ランドフィルになった曲たちは、

その詞の内容が、

おれの心を強く打った。

自分がずっと

持ち続けていた感情、

しかし

それは既製社会の

秩序を守るためには、

閉ざして、

心の中にしまって

おかなければ

ならなかったもの。

自分は強く思っているのに、

その表現方法を

見いだせなかったもの。

これだけ自分の心を

ストレートに表現できる

才能には驚いた。

特に、最初の曲の中にある

「夜の校舎、

窓ガラス壊して回った」

という一節には共感した。

それは、

おれが高校生の時、

何度も考えて、

結局出来ないこと

だったからである。

要するに、

おれは臆病でTPは

勇敢だったのだ。

Next

Top>N.尾崎豊>Conversation

GVBDO,G.V. BLACK DENTAL OFFICE

Copyright (c) Norman Yamazaki, DDS. All rights reserved.