田宮俊作-G.V.BLACK DENTAL OFFICE
田宮模型田宮俊作
箱絵小松崎茂タミヤ
山崎眺治郎.大正13年,3月31日,卒業,東京植民貿易語学校

by Norman Yamazaki, DDS. (Profile)

プラモデル時代のTheme「井上陽水 - 少年」

アキバ騎士団 団員それぞれのテーマ

September 27, 1997.

タミヤの田宮

小学校4年の夏休みの話です。

当時はプラモデルに没頭していました。

グランマがまだ元気いっぱいのころで、買う時はいつも一緒についてきた、そんな孫とおばあちゃんの距離感覚でした。

未成年者にはスポンサーは必要ですからね。

プラモデルの中でもタミヤの戦車には魂を奪われていました。

明けても暮れても戦車!戦車!でした。

平安遷都の年号も知らない小学生が第二次世界大戦に使われた戦車の名前を全部言えるなんて、ちょっと変わっていたと思います。

ある時名古屋の名鉄で模型大特売会が開かれるということを知りました。

模型雑誌で見たのだと思います。

その時、ずっと欲しかったのにどこにも売っていないモデルがひとつありました。

1/25のタイガーIという独逸の戦車です。

当時でも5000円くらいした高価なものでした。

とにかく小学生が誕生日でもクリスマスでもないのに買ってもらえるような代物ではなかったわけです。

しかし、欲しいと思ったものを諦めない精神はこの頃から目覚めていて、毎日グランマ孝行をしました。

肩なんか揉んだり、お使いにでたりして、魂胆は見え見えでも、孫はかわいかったんだろうと思います。

特売会初日の始発電車には二人で乗りこみました。

目指すは4時間後に着く名古屋です(今は1時間半です)。

名鉄デパートには12:00頃着きました。

当時タミヤは既に大手で会場の大半を占めていました。

走って戦車を売ってる場所にたどり着き、タイガーを探すと、係員でないと手の届かないような高いところに目指すものはありました。

グランマが売り子に

「あのタンクがほしいんですけどね。」

と言うと

「あれはもう売れて在庫はありません。売約済みが貼ってあるでしょ。」

とつれない返事です。

グランマがこれを通訳して

「あれはもう他の人が買ってしまったから、だめなんだって。」

と言いました。

しかし、小学校4年はまだ子供で、感情のコントロールはできません。

泣き叫んで「いやだーいやだー。」と名鉄8階のフロアーに一瞬静寂が訪れるくらいの声をだして泣いてやると、売り子は困ったらしく1/35のモデルを持ってきましたが、投げ返して、ますます大声で泣きました。

足なんか地団駄踏んだりして、今考えるとよくやったと思います。

パワーでした。

するとはっぴを来たメガネの40くらいの責任者らしきおやじさんが寄ってきて、

「ぼうや、どうしたの?」

と聞きましたが泣くだけでした。

するとグランマが、

「この子はもうタンクが好きで好きで、家中タンクだらけでそのために倉庫まで作ってしまって。あのタンクをずっとほしくて木曽から片道4時間かけて来たのに。やっと見つけたら売約済みと言われて。悲しくてないているんです。」

と説明しました。

するとこのおやじさんは

「ぼうや、おじちゃんが必ずほかのを探してくるから、2時になったらまた来てくれるかい。」

とまじめな目をして言いました。

昼を最上階のレストラン街で食べ、屋上の遊園地で遊んで時間をつぶし、2時になったので戻ると、ちゃんと売約済みの他に一つあって「山崎昇様」と書いた紙まで貼ってありました。

グランマ、Nice Going!

この時の感激に匹敵するような気分の高揚には出会ったことは滅多にありません。

買う時には、さっきのおじさんも出てきて、

「ぼうや、世界一のタイガーにしてやってね。」

とまじめに言いました。

グランマが、

「どうやって探したんですか?」

と聞くと、

「近所のデパートで買ってきました。」

とおじさんは汗だらけの顔でうれしそうに言いました。

「それはご迷惑でしたねぇ。お名前は?」

とすぐに名前をききたがるグランマに、

「タミヤの田宮です。」

とおじさんは元気よく答えました。

それからプラモはタミヤonlyでした。

今でも模型展があると、近くなら行きます。

アメリカでもよく行きました。

タミヤはTAMIYAでしたが、マニヤはみんなTAMIYAが好きなのでした。

このあいだも池袋の東武百貨店に行きました。

プラモはもう作るエネルギーがなくなってしまったけれど、見たり買ったりするのは好きです。

今でも買うときはうきうきした気分になりますね。

他のものを買ってもこんな気持ちにはなかなかなれないのが不思議です。

今日の夕刊を見ていたら、なんとあの時のおじさんらしき人が出ていました。

田宮俊作62歳。

社長になっていたんですね。

「子どもが一番厳しいお客さんです。」

このおじさんがいるかぎりタミヤはまだまだ大きくなるでしょう。

あの、人をほめないBill平田も

「タミヤはおたくだからねぇ。」

と褒めています。

最期に、田宮社長、がんばってください。

簡単に死なないように。

後継者は育ててください。

以上、はげましと感謝の気持ちを込めて“永遠の恋人タミヤ模型”と“タミヤの田宮”の健闘を祈ります。

Norman Yamazaki, DDS.

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山崎眺治郎.大正13年,3月31日,卒業,東京植民貿易語学校
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山崎眺治郎.大正13年,3月31日,卒業,東京植民貿易語学校,保善高等学校,

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