|
January 28, 2011
ゴルフコレクターズ・ソサイアティ(GCS)創立者ボブクンツ氏との交流
私がアメリカに留学していたとき、
自由時間はほとんどゴルフのことをしていました。
13年間アメリカにいましたが、
1年で250ラウンドしたことがあります。
私は北部の州にいたので、10月から3月までは
雪が降るのでゴルフコースはクローズするのですが、
雪の中でもやったり、冬休みには
フロリダや南部の州でゴルフをしていました。
とにかく、毎日ゴルフでした。
そんな私がプレーするだけでなく、
クラブを集めだし、最終的に
若干20代にして1500本の
アンティーククラブを集めることができたのは
ゴルフコレクターズ・ソサイアティ(GCS)の
創立者であるボブ・クンツ氏のおかげなのです。
ゴルフコレクターズ・ソサイアティ(GCS)の
会員が1500本集めた、と言う時、
錆びたクラブやボロボロの状態のゴルフクラブを
含めて1500本持っている、というのではなく
ちゃんとリストアされて
ヒッコリーハッカースで使える状態のクラブを
1500本持っているということです。
今はネットで使えないくらい
ダメージを受けているヒッコリーのクラブが
売られていますが、これを買って集めても
リストアして使える状態にしなければ、
意味がないということです。
そのようなルールを全て教えてくれたのが
ボブ・クンツ氏でした。
私が依頼を受けて、アウトラインを書き留めて
発表したのが以下の記事です。
ゴルフダイジェストChoice1986年5月号に
掲載され一大センセーショナルを巻き起こしたと
ヤマニくんは今でも言っています。
*****
トラ・ゴルフ・リンクスの人々

BOB"DADDY"KUNTZ ボブ・クンツの巻
日本人留学生が見た、アメリカのアンティーク
ス・マニアの世界
写真と文 山崎昇(GCS会員)
ボブの平均的土曜日は、変な日本人の登場によって著しく変えられたと女房のビンキーは思っている。
ボブは五年前に会社を売却しリタイアしたとはいうものの、依然アドバイザーとして月曜から金曜までオフィスに出ている。
そこでゴルフの事ばかりしている。
土曜だけは夫婦二 人で過ごす日にしてあった。
日曜は 教会に行くので自由な時間はあまり 取れない。
ショッピングに行ったり、 庭の手入れや、家の掃除などを二人 で楽しくしていたものだった。
それ が、去年の五月頃から、変な日本人 が四六時中、ボブのオフィスヘやっ てきて、朝から晩までいるようにな ってから様子が変わった。
ボブのオ フィスには、千本のクラブが保管さ れており付属のリストアー・ルーム もある。
ここに閉じこもっているのだ。
ビッグ・ショブがあるといって は、土曜で会社の建物が閉められて いるにもかかわらず、警備員に二十 ドルのワインを袖の下として渡し、ボブと二人で、オフィスに忍び込ん でこそこそ何かしている。
そして、 いつしか、そのビッグ・ジョブは土 曜の恒例と化した。
土曜日を一人で過ごすことになっ てしまったビンキーは、ある時激怒 して17番ホールと呼ばれるクンツ家 の一室に入った。
そこにはフィリッ プス:シヤクソン、マクエワンを始 めとするロング・ノーズ・クラブの 数々からM85に至るまで、ゴルフ史 をクラブのみで語る事の出来る、世 界的に知られたコレクションが世の喧噪を避けるように収蔵されてい る。
USGA博物館はクラブのコレクションに於いてセント・アンドリ ー ユースに近付きつつあり、そのレベ ルは、一般的なロング・ノーズ・ク ラブならばその寄付の申し出は断る、 という域にまで達している。
クラブ 展示、保管のスペースが飽和状態に 達している為に、重複するクラブは もはや必要としないのである。
その USGA博物館が、もしボブが寄付の決意をしてくれたならば、今展示 してあるクラブの総てを倉庫にしま い、ボブのコレクションの総てをデ ィス・プレイ・ルームに飾るという 提案をしている。
勿論、ボブのコレ クションの中には、今展示されてい る物と重複している物もある。
しか し、ボブが常にアドバンテージに立 てるのは、クラブのコンディション が飛び抜けて優れている事による。
あらかじめ2フィート程に切断し た麻紐の一抱えを床におくやいなや ビンキーは5本1組にクラブを縛り 始めた。
三時間余りを要して仕事を 完了した後、帰宅したボブに向かっ て言った。
このまま、私をI人きり、
ほっていなさるつもりなら、
ここにおいたるカビ臭い、
がらくたどものひとやまを、
どこかにやってくだしやんせ。
それがいやなら、元のさや、
二人で過ごす土曜日に、
なんとか戻してくだしやんせ。
次の日、ボブは総てのクラブをオ フィスに運んだ。
マスター・クンツと変な日本人の 二人が土曜日に、こそこそやってい るのは、ordinary peopleから見た場合、それこそがらくた中のがらくた クラブを引っ張りだしてきて、十秒 も臭いをかぐと失心してしまいそう な薬を塗りたくったり、火災報知機 がなって消防車が駆けつけてくるほ どの火を起こしてあぶったりする、 といった、全く奇僑なことである。
そして言う言葉は、これはフエイク に違いない、これは正しくジヤクソ ンであろう、というような罰金千ド ルを払って、決して見合うことのな い成果である。
ボブの考えでは、偽のクラブ、い わゆるフエイクは、もしそれが造ら れて20年あまりの物ならば99パーセント判別できるという。
ただし、その為にはある程度のク ラブ分解技術と分解箇所分析能力が 必要であり、それには十分な経験と化学的かつ数学的な頭脳が不可欠で あるという。
それゆえに、ボブの後には誰もついてこれないのだという。
前には、たった一人ジョン・ムロス がいるのみである。
今まて数え切 れない程のコレクター達が門を叩いたが、誰一人として第1章をもマス ターできなかったという事実が、そ れを雄弁に物語っている。
しかし、 この変な日本人は当初のしばらくし たら来なくなるという予想を覆し、 密着してなかなか離れない。
ある時 あれは多少骨のある奴だとボブが言 っているのを、ビンキーは聞いたこ とがある。
この変な日本人は平日にも来るが 、そのときはおとなしく描を被っている
(ちなみにボブはスモーキーというタビー・ショーート・ヘアーを飼っている。
雑種である。
変な日本人はトラというタビー・ショート・ヘア ーを飼っていた。
生きとし生けるも のには限られた命があり、愛する友 を失った彼は、メモリアルと称して コレクター仲間を招へいし一つのグ ループを結成した。
それをTola Golf Linksという)。
会社の人と顔を合わ せると、かつて見せたことのない笑 顔で、
How are you?という。
完全に 社交辞令であることは見破られてい る。
ボブも冷静でオーソドックスな クラブに関するリストアーの方法を伝授している。
これなら臭いも火も 出ない。
その時は、娘のカレンも一 緒に聞く。
カいンはボブの秘書をし ている(ちなみにカレンはルーシイ ーというタビー・ショート・ヘアー を飼っている。雑種である)。
1日に コレクターから20通の手紙が米て、 その半分に返事を書き、残りには電 話をかけるという。
そういえばボブは1200名の会員を擁するゴルフコレクターズ・ソサイアティ(GCS)の親方であった。
それ故に人は彼をDaddy(おとうちやん)と呼ぶ。
ジョー(マードック)が会長であるという説もあるが、信じる人はオハイオ州近隣にはいない。
☆

ここでボブのアンティークスに対する考えを示しておきたい。
これはボブがクラブの修復を行う場合の方針でもある。
彼が盛んに口にするのは『昨日まで使われていたクラブ』という一節である。
これは、アンティークスが一番美しいのは、使われていた頃と同じ状態にあるという意味で、アイアンでいえばヘッドは錆びておらず、グリップは正しく巻かれ、シヤフトは真っすぐか、或は曲がっているとしてもプレーーできる程度のカーブで止どまっていなければならず、加えて、ウッドには残さねばならないキズと取らなければならぬキズがあり、光り輝いてもよいクラブと輝いてはならないクラブがあり、それは勿論年代によって決定され、そして使われていたフイニッシュ(上薬)がそこに絡んでくる、というのである。
錆びてはこりがこびりついたクラブを前にして、それが趣があるという人はアメリカにも日本にもいる。
そういう考えをボブは侍だない。
フイリップスのロング・ノーズが芸術だといわれるのは、それ自体が美しいのであり、そこに付帯する塵芥の類いは美を破壊する手段の一つにすぎない、と河い切ってたじろがない。
破壊されていく過程に美を兄るという人は、己の境遇がやはり、死に向かっているために同情があるのみである、という。
そして、特に、博物館に展示されるべきクラブは永遠性をもって、後世の人々にその歴史を語らねばならず、ほこりを披った死者には、保有する魅力の、たった一つも伝えることができず、ゆえに、その使命は光り輝く生者に任されなくてはならない、と言い切る。
USGA博物館のクラブ・コいクションはジョン・ムロスとボブがその修復に協力するようになってから、世間に知られ出しだのは偶然では無い。
そうしようというポリシーが全体を貫いている為である。
ボブはこの行為をリストアー(修復)と呼び、リフイニッシユ(化粧直し)と厳格に区別している。
リストアーとはクラブの独自性を最も尊び、それを引き立たせる手段で、そのクラブ白身に於ける時代性や使われた薬品の知識を最低限必要とする。
しかし、リフイニッシユは多くの場合、新しく見せる事のみを主眼とし、クラブの独自性をことごとく破壊して、平気である。
従って、この行為をブッチヤース・ジョブ(肉屋の仕事)とボブは呼ぶ。
日本で売られるリフイニッシユされたクラシックを兄て、美を感じないのはここに源を発しているように思われる。
☆
ボブはゴルフ・スウィングについても一家言持っており、クラブの話しをしていない時はスウィングの話しばかりしている。
自分で発明したスウィング・チェック・マシーンを必ず下げてくる。公衆の面前に於いて、本人はデイトンにおける1980年代鍛大の発明である、と断言して恥じない。

多くの人はジョークだと思っている。
しかし、ボブは正真正銘の本気である。
ちなみに1985年一年間のボブの平均ストロークはグロス75である。
☆
去年の九月、この変な日本人が日本に一年間だけ帰る、といってボブのオフィスを訪れた。
当年とって八十の老婆が一人有りまして、
帰れ帰れと申します。
ついでに、ちょっと、このところ、
考え過ぎて度を越えた、
クラブについて諸々の、
エントロピーの大掃除、
やってこようと思います。
そういうと、何を思ったかカレンは涙目になり、ボブも視線を落として遠い床を見つめた。
カレンは、多分、女心の何につけても感じ易いという性格上、別れというものの連想からそうなったと思われる。
ビンキーは勿論おおよろこびである。
帰るときまってボブの家を訪れると、初めてジヤスミン・ティーとキヤロット・ケーキが出た。
以上

ゴルフダイジェストChoice1986年5月号 PDF
|