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クラッシックゴルフクラブ
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by Norman Yamazaki, DDS. (profile)

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January 21, 2011

Golf Collectors Society

ゴルフ収集家協会

その2

その1からつづく

これぞ勲章モノ!?

スコアカード収集の王者

 私が2番目の日本人会員として

スコアカード収集家の

東京は西銀座の

割烹「わたき」の

主人綿平亀雄氏を

GCSに推薦したのは

その翌1976年5月である。

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 (このあど藤岡三樹臣氏と織家肇氏が

相ついで私の推薦で会員となった)。

そして綿平氏のマードック会長宛の

長文の手紙が

GCS会報に披露されたのが

翌1977年11月であったが、

いかにも彼の面目躍如としているので

次にその訳文をご覧に供そう。

「親愛なるジョゼフ・マードック様。

長い間お手紙もさし上げず

失礼の段お許し下さい。

先生には彭対御壮健で、

お仕事に活躍のことと信じます。

私のスコアカード収集に

御親切な助力を賜わり

心より感謝しております。

先生の温かき御指導と

17年間の努力で、

去る9月15日でついに

世界94力国の

スコアカードを

1万枚集めることができ、

それをファイルするのに

150冊の

大型アルバムを要しました。

私の長年の夢が目出たく

叶いましたのは一に

私の料理店のお得意客と

GCSの多くの親切な

会員たちの協力と

援助のおかげで、

感謝の言葉も知らぬほどです。

(中略)

私は今64歳ですが、

この収集に私の全余生を

捧げようと決意しております。

(中略)

私は1年ほど前から

神経痛を患い、

今はゴルフもできず

只々健康恢復に努めています。

私は3度ほど

腰にコルセットをはめて

プレーしましたが、

苦痛のため

散々な目にあいました。

そのうえ両脚に

痙攣をおこして

とうとうゴルフを

諦めたのです。

然しスコアカードは

今も日ごどに増えつつあります。

ここに1万枚達成の

御報告かたがた

先生の御親切に

重ねて心の底より

感謝いたします。

まことに、

まこどに

ありがどうございました。

はるかに先生の奥様と

お家族の御多幸を析ります。

敬具、綿平亀雄」

 この手紙がよほど

気に召したとみえマードックは

そのあどに、

「ゴルフ・コレクションとは

げに楽しきものよ

そは何故と人問わば

はるか海の彼方のワタヒラなる

未見の友のマニアより

かかる嬉しき便りが来ればなり」

とおどけ口調で馳句っている。

かくて白い割烹着姿の

綿平氏の写真と

相模のグリーンで

パットのラインナップをしている

私の写真とが並んで

会報に掲載されたのが

翌1978年の7月であった。

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 以来彼はスコアカード収集に

益々精魂を傾到し、

遠くは北欧からアラブ諸国、

絶海の孤島、

新参の中国までカードー枚に

Iドルの返信科を添えて

漁りつくして、

今や世界103力国のカード

2万5千枚を集め、

おしもおされぬ天下一となって

国内よりも

外国でひろく知られ、

いずれ北欧の王国あたりから

国際友好の功労で

勲章をもらうやも

しれないほどになった。

ところがその彼が最近私に、

山崎昇という

長野県生まれで

今年26識の

日本人のGCS会員で、

現在アメリカは

オハイオ州立大学の

学生でありながら

古クラブの収集に

取り憑かれた

末恐ろしい新人がいるから

紹介してあげましょうと、

その青年から来た

3遍の手紙を見せてくれた。

読んでみると

なるほど綿平氏が

呆れるだけあって

出藍の誉れどころか、

上には上があるものよと

私まで2の句がつげなかった。

そこで是非これを

日本のマニアの参考のため

「チョイス」に掲載させてほしいと

綿平氏に許可を求めて、

ここに発表することにした。

末恐ろしいルーキー出現!

集めたヒッコリー・クラブ

(1985年5月23日付原文のまま)

 謹啓、御手紙拝見いたし

私の様な者に対しての

御厚意に只々恐縮するばかりです。

私は日本人ながら

長年のアメリカ生活により

米語の方が先に

ロから出てしまうのです。

そのため先生のような方に対して

失礼でもしないかど

恥じることしきりです。

半年程前から

祖母が非常に弱くなり

1度日本に帰って

もらいたいと言ってきました。

私が学生の身で

ありながら古クラブの

コレクションなどという

一般では考えられない

ことをできるのは、

実は3年前日本を立つ時祖母が、

"好きなものを買っといで"と

3百万円くれたからです。

そのお金もとうに

クラブに消えました。

当初は1950年代の

マクレガーのウッドを

集めていましたが

2年前ふとした

きっかけで買った

スポルディング・

モーリスタウンという

今世紀初頭の

アイアン・セットに魅いられ、

以来折あるごとに

マクレガーのウッドと

ヒッコリーシャフトの

クラブを交換したり

買ったりするようになりました。

今はマクレガーの

ウッドは自分で使うVIP67の

4本を除くと何も

残っていません。

その代り

ヒッコリーシャフトのクラブは

自分のアパートにはいりきらず

別にまた部屋を借りて

入れてあります。

数は1500本ほどですが

貴重品は十本あるかないかです。

でも1年前58歳の

父がゴルフをしたいというので

スチールシャフトでは

衝撃が強すぎると思い、

自分用の2セットのうち

マクレガー・デイトン・

オハイオ・フォースターの

ウッド4本と

アイアン十本のセット

を送ったら

それを鑑定した

東京のプロショップが

大変高額な値をつけたと聞いて

我ながら驚いています。

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1920年頃までの

ヒッコリー時代のゴルファーは

今のようにセットでは

売っていませんでしたから、

3番はスポルディング、

5番はマクレガーと、

自分の好きなクラブを

1本づつ購入し、

使っていたため、

アメリカのコレクター仲間でも

同じメーカーのクラブで

フルセットを

組むのは今では

非常に難しくなっています。

私のコレクションを

先日調べたところ

フルセットが15ありました。

こつこつとやらなければ

集まらないど思います。

私は60を過ぎたら

ヒッコリーにしようと

決めています。

それは言い様のない

ねばりがヒッコリーにはあり、

ゆっくり大きく振らないと

良い当たりが出ないのが

体の無理なひねりを

防ぐと思うからです。

先生のように70を過ぎたら

ゴルフをすること自体が貴重です。

先生は私ごときものに

大変広い心で接して下さるので

私のコレクションの中から

1セット差し上げます。

セットはウッド

2本アイアン5本

パター1本で、

これがGCSの

ヒッコリー・ハッカーズ競技の

ルールに対応したものです。

先生にお送りするセットは

マードック氏と共に

GCSを創立した

クンツ氏が直してくれたもので、

アメリカでも

ヒッコリークラブの修理を

満足にできる人は

もう数えるほどです。

昨年5月2日からGCSの会合が

オハイオのデイトンで

行なわれています。

私の住むコロンバスから

車で1時間半ばかりの

人口5万弱の小都市で

ここに御存知の

ボブ・クンツ氏が住んでいて

本日はトレード・フェアで

みんなが持ち寄った

古クラブや収集品を

テーブルに並べて売っていました。

先生も1度お出になるとそれは

もう病みつきになること

うけあいです。

(第2信、日付なし)

 GCSの会合も終って

気がふっと抜けました。

最終日にオークションがあり色々

興味あるものが出ました。

私はクンツ氏出品の

ヒッコリー・ワンピース・

ドライバーが

3年前から欲しくてたまらず

細々貯金したのが

千2百ドルあったので

何どかせり勝ち千ドルで

買うことができました。

その夜は朝の3時まで

見ていましたが

私はまだ学生でそんなに

クラブに

つぎこむ金はないのですが、

そこは何とか

やりくりしています。

友だちはクラブー本に

千ドルも出すとは

正気ではないといっています。

私も早く1人前になって

自分で稼ぐように

なったら欲しいものや

珍しいものは

全部手に入れて

先生にもご覧に入れたいと

考えています。

(第3信、1985年7月3日付)

 今日は独立記念日前夜祭で

花火を見てきました。

3週間程シカゴ、ミルウォーキー、

クリーブランドに

旅行しましたが、

これもクラブ探しの一環で、

ミルウォーキーの

GCS会員ジョン・ムロス氏の

ところへ行ったのです。

彼はウィスコンシン州

最大のコレタターで

古クラブをざっと見るのに

1週間もかかりました。

考えるひまもなく

次々と見るのですっかり疲れました。

彼は74歳なのに1緒に

18ホールを回ったら

グロスがイーブン・パーで、

これは驚きです。

奥さんの話では

若い頃はレフティ・ムロス

といって

そこらのトーナメントを

総なめにしたのだそうです。

彼をコレクターで

クラブ直しの名人

とばかり思っていたので

すっかり

この人を見直しました。

彼は1万本以上の

クラブのコレクターで

GCSでも

彼にかなう人はいません。

今回の収穫はフェースの

角度が自由に調節できる

パーク・アジャスタブル・アイアン

で1915年に

作られたアメリカでは

最も古いもので6百ドルでした。

その後モーリスタウンで

1890年頃の

ラット・アイアンと1910年の

スポルディングの

ニブリックを発見し

2本で千ドルです。

今回の走行距離は

1200マイルで車も

私も疲れました。

来週はまたクラブ探しに

ノースカロライナ州へ

行く予定です。

先生も今やアメリカで

有名ですので

来年のGCSの

デイトン・フェアには

是非御出席下さい。

みな喜びます。

以上

摂津茂和(せっつ もあ)

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明治32年7月生れ。慶大卒。相模GC会員。

ゴルフ・コレクターズ・ソサイエティ会員。

日本ゴルフ協会ゴルフミュージアム運営委員。

著書に「ゴルフ千夜1夜」「ゴルフ狂」「ゴルフ物語」

「日本ゴルフ60年史」「ゴルフ心理ど頭脳的プレー」

「ゴルフ開眼」「1流ゴルフの粂件」「ゴルフ名言集」他多数。

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