というのである。
すると博士は何故全部治さなければいけないかを説明し始める。
G.V. BLACK 博士にとって、
患者は自分の分身であり、この人たちの将来の健康を守ることが自分に与えられた歯科医師としての使命
だと考えているのである。
目前のカーブを曲がれば、そこには千尋の崖があるのに、それを知らずにフルスピードで突進していく車があれば、良心のある人ならば、なんとかそのことを運転手に伝え、停止させるか、安全な方向に向きを変えさせようとするだろう。
良医は健康をおろそかにする人を見過ごすことはできない。
歯は全てがそろって1つの単位であり、ピアノの鍵盤の1つに音の狂いがあればそれは楽器として機能しないのと同じ事である。
つまり歯も1本が悪ければ10本悪いのも、等しく歯は悪いという診断
なのである。
G.V. BLACK 博士の診療所は会員制で診察を希望する人は裕福であり治療計画書にある値段は簡単に払える金額であるのに、それに疑いをはさむのは、歯の健康に対する重要性と歯の病気の進行速度を認識していないからである、
と博士は知っているのである。
よほどの天の邪鬼か学習能力に障害のある人でなければ信実を伝えることにより、納得できるはずである。
歯は一度失ったら一生なくなったままである。
簡単な事実認識ではないか。
価格は1つの治療について1つの値段しかついていない。
それは博士は最も優れている材料と方法を用いた治療のみを行うことが医療であると信じているからである。
材料の種類により値段を変えたり、ステップを省いて短時間に治療を終わらせたりするのは、博士にとっては医療行為ではなく経済行為に基づく破壊行為にすぎなかった。
G.V. BLACK 博士は、
最高の治療を求める人は、経済的余裕のあるなしにかかわらず当然妥当な治療費を支払うべきである
と考えていた。
人間の生命と健康は、何にもまして価値あるものである。
歯科医師を含む全ての医師が、
自分の医療技術を安売りすることは、結局は、医師自身にとっても患者にとっても、有利なことではない。
医師が患者に対して最高の医療を行おうとするならば、それに相当する十分な設備と研修のための資金を、治療費として得ることは、当然と言わなければならない。
これはアメリカ医学界の父と呼ばれているメイヨ兄弟の言葉と一致する。
特に歯科は医療の中で唯一ART AND SCIENCEと呼ばれ技術が重んじられる分野である。
博士は最高の治療を求める人の希望に答えるために、最高の技術を持つ者を育てる決心をした。
それは、世の中のほんの一握りの人に幸運をもたらすだけであるかもしれないが、歯科の発展のためには存在が不可欠の人であった。
高度な技術を取得した者が栄えなくては、技術の伝達は疎かになる。
技術がなくても儲かるようなことが起これば誰も高い技術など、苦労してマスターしようとはしまい。
これは歯科の荒廃を招くだけである。
G.V. BLACK 博士は、金持ちでも会員の親族でもないが社会発展のために貢献できる能力を持った若い人々にはできるだけ会うことにしていた。
その中で、歯の治療をすれば確実に自己能力が向上し、社会のために貢献できる博愛を持つ人には自ら、G.V. BLACK DENTAL OFFICEで歯の治療を受けることを薦めた。
しかし、博士の治療費は一つしかない。
だから、治療費が安くなるとか、無料で行われるということはなかった。
博士は診断後に治療計画を見せて、
「治療は通常のペースで行いますが、治療費は毎月払えるだけ払って下さい。」
と言うのであった。
値段を見て、驚き二度と、姿を見せなくなる者が多い中に、
「はい。わかりました。」
ときっぱり言う者もいた。
G.V. BLACK 博士に言わせれば、今、金もないのに博士と治療の計画を約束できる人というのは将来有望なのであった。
少なくとも社会に貢献する能力を秘めているのであった。
健康を第1において自分を大切に出来る人。
自分はそのくらいの金なら何とか出来ると思う人。
つまり成功者に必要な健康な体とプラスの思考を持つ人だからであった。
博士が「あの子は立派になって世の中を良くしてくれるよ」と言うと必ずそうなった。
そんな一人にマイクという自称発明家がいた。「あの人には支払いは絶対無理」と女性スタッフに噂されたマイクである。
200ドルの請求額に毎月2ドル以上は払えなかった。2年間で支払った総額が25ドルであった。
しかし、G.V. BLACK 博士は6カ月に一度の定期検診の他にも、リコールの通知を出していた。
それは歯のリコールも大切であったがマイクに経済的な援助をしなければ、彼の発明が途絶えるという博士の心配の為でもあった。
G.V. BLACK 博士はマイクの発明がアメリカの母親の家事における重労働を軽減させ、その余った時間を子供たちの教育に使うことができるようになり、勤勉な子供が増え、ひいてはアメリカが栄える国となると信じていた。
マイクは他の歯医者に行ったとすれば支払いの悪い貧乏な患者として散々な扱いを受けたであろう。
しかし、G.V. BLACK 博士は治療費の額によって、治療内容や患者の扱い方に手心を加えるようなことは絶対にしなかった。
患者の経済状態はその支払い方法を決める目安になるだけで、治療内容や患者の扱い方とはまったく無関係なのであった。
ここでは治療を受ける誰もが、G.V. BLACK 博士にとって世界で最も大切な患者なのであった。
ある冬の夜、マイクが突然診療所にG.V. BLACK 博士を尋ねて来た。
嬉しそうである。
診療開始30分前である。
マイクのリコールは1カ月先である。
看護婦も、受付嬢も、博士ですら、いよいよ生活費も尽きて資金援助のお願いかと思った。
気を利かして博士が「それじゃ、私のオフィスにどうぞ。」と言うと、マイクは、
「結構です。今から行くところがあります。今日は支払だけで来ました。」
と言った。
スタッフは驚いて顔を見合わせている。
「ここに1000ドルの小切手があります。
今までの治療費とその利子、そして私の発明への資金援助に対する報酬です。
そしてこの100ドル紙幣はスタッフの方々への御礼です。
私は世間の人からクズのように思われていましたが、この診療所に来て治療を受けていた時はアメリカ大統領のような気持ちになることができました。
昨週GE(GENERAL ELECTRIC)社に発明の一つが驚くような値段で売れました。
BLACK先生が紹介してくれたハリスさんがGE社に紹介してくれたのです。
昨日売買契約をし、報酬の小切手をもらいました。
今から別の件でハリスさんに会いに行くところです。」
そう言って1000ドルの小切手と100ドル紙幣を受付嬢に渡した。
「私は最初に治療を受けた日以来、ずっと決めていたのは最初の発明が売れたら、その金を使う最初の場所はここで、行う事は先生に借りている治療代をお支払いし、私の成功を信じて援助していただいた事に対する報酬もさしあげるということでした。
時間の過ぎるのは早くて2年もかかりましたが勘弁して下さい。
これからは毎回全額支払うことができます。」
マイクは発明を次々とした。
後にアメリカでも指折りの億万長者になった。
フロリダに住むようになっても歯の治療には自家用飛行機でシカゴに帰って来た。
G.V. BLACK DENTAL OFFICEの利益は、まず設備の拡充とスタッフの待遇改善に使われた。
十分な給与が与えられ、研究や学会出張を積極的に奨励した。
これによって、治療内容も一段と充実したのである。
博士は、毎年の個人所得のうち半分を貯蓄しておいて、やがてはそれを、歯科と社会の発展のために貢献できるようなものに投資したいと考えていた。
彼は自分の収入は歯科と社会から得たものだから、いつかは歯科と社会に“お返し”したいと思っていたのである。
1934年04月05日
Mike Reed「歯聖 G.V. BLACK」